それいけ月原高校生徒会!
「どう思う?」
眼鏡のブリッジを上げて、石倉悠吾(イシクラユウゴ)は尋ねた。尋ねられた側としては冗談としか思えない質問なのだが、悠吾の表情があまりにも真剣なので何も言えなくなった。
「そうか、みんな真剣に考えてくれているんだな……」
いやいやいやいやいやいや。一同、気持ちが一緒になった。なかなかない出来事である。悠吾は深く息を吐いて、一同の顔を見た。
「俺は思う。あんな部活、認められるはずがない、と」
「は、はぁ……」
「第一な、あそこは何で顧問が杉原先生なんだ!」
「さぁ……杉原先生も物好きだもんなぁ」
杉原先生こと杉原まゆみ(スギハラマユミ)は月原高校で現代文の教諭をしている女性である。生徒からの人気は高く、授業もわかりやすいと評判である。しかし、現在の悠吾にとっては苛立ちの対象なのだった。何故なら、彼女が現在悠吾の敵視する、とある部活の顧問をしているからである。
「俺は行く」
「どこにだよ」
「旧校舎」
彼のいう旧校舎とは、月原高校にあるもっとも古い校舎のことである。旧、と呼ばれているが現役で使用されている。
「またかよ……」
「わ、私も行きます!」
がたがた、と椅子を引いて立ち上がったのは顔を赤らめている女子生徒、河田志穂(カワタシホ)である。
「そうか河田! お前も真剣に考えているのか!」
「え、えっと……は、はい……」
「よし! 一人で行くより二人で行ったほうが心強いな!」
悠吾の言葉に志穂はさらに顔を赤くして強く頷いた。そして二人はそのまま部屋を出て行ってしまった。
「……会長暴走してるし、副会長もあんな感じだし。どうするよ?」
「放置していいだろ」
本人たちがいなくなった生徒会室で、生徒会メンバーは深くため息をついた。
旧校舎へと向かう間、悠吾は不機嫌そうな表情を浮べていた。
「全く、何が『中途半端な活動するな!』だ。あいつらのほうが中途半端な活動しているだろうが!」
「そ、そうだね……」
悠吾の言葉に、少し曖昧な返事をする志穂。曖昧、というよりは悠吾と二人っきりで歩く事がないので緊張して上手く返事ができないのだ。志穂の顔は生徒会室を出たときよりもさらに赤くなっていた。
――志穂は、純粋に悠吾の事が好きである。しかし志穂は、普段は物静かであまり喋らないし、悠吾ともまともに会話をしたことなどないのだ。しかし、この機会を逃したらもう話せない! と思ったために一緒に旧校舎に行くことにしたのだが……会話はまともにできていない。
「杉原先生が顧問に就くとは思わなかった……と、言うか顧問が就くとは思わなかった」
「そうだね、うん」
「しかしオカルト研究会、って何をする会なんだ? オカルト現象を解明するのか?」
「どうなんだろう……」
悠吾が敵視するその部活、それはオカルト研究会である。オカルト研究会は確かに正式な方法で立ち上がったのだが、生徒会の承認を得る際に多少強引な手を使ったもので、生徒会(と、言うよりは悠吾)の反感を買ってしまったのだ。
少しずつ旧校舎に近付くたび、志穂は背中に寒気を感じた。旧校舎の壁は古く、少し寒く感じる部分があるが、それだけではない何かがあったように志穂は思った。隣に居る悠吾は何も感じていないらしく、相変わらずオカルト研究会に関する文句をブツブツと言っている。しかし、返事をしない志穂に異変を感じた悠吾は歩みを止めて、志穂の顔を見た。
「……河田、どうかしたのか?」
「え、いえ! な、んでもない……」
志穂の言葉に納得がいかないようだったが、悠吾は深く問いただすことはしなかった。それから、旧校舎の階段を上った。
「活動場所、物理準備室……だったな」
悠吾は一枚の紙を胸ポケットから取り出した。それは部活新設申請書で、オカルト研究会のものであった。会員人数は現在三人しかいないが、顧問は就いていて活動内容もちゃんと記されている。成績不良の生徒は所属していないどころか、教員も一目置いている学年トップの生徒が所属しているため、承認しない理由も特になく新設された。活動場所も現在使用されていない場所だったので文句の付けどころも無い。
「……ここだな」
教室の前に下がっているプレートを確認する。古いため、少し読みにくいが確かに『物理準備室』と記されていた。隣に居る志穂も小さく頷くが、背中に感じる寒気は少しずつ強くなった気がした。教室の中からは、誰かが会話するような声が聞こえた。悠吾は覚悟を決めてその教室の扉を開いた。
「生徒会だ!!!」
「え?」
突然の声に、紙を準備していた里佳はぱちぱちと瞬きをして扉を見た。同じように準備を進めていた光貴も、ぼんやりと椅子に座っていた夜維斗も扉を見つめる。
「生徒、会?」
里佳が先ほど叫ばれた言葉を繰り返すと、扉を開けた悠吾は強く頷いた。
「何でいっしーがここに来たの?」
「だれがいっしーだ。ここに来たのは、生徒会の視察だからだ」
「……視察?」
首をかしげながら、また里佳は悠吾の言葉を繰り返した。悠吾も同じように頷いた。夜維斗はぼんやりと悠吾とその隣に立つ志穂を見つめていた。
「っていうか、誰?」
「はぁ?!」
「だ、誰……」
はっきりと尋ねられた悠吾は引きつった表情を浮べる。光貴が呆れた顔をして、夜維斗の肩を叩いた。
「あそこに立つヤローは、うちの生徒会長な。で、隣の女の子は副会長の河田志穂ちゃん」
「おい朱月、会長の説明が雑すぎるだろうが」
光貴の説明に悠吾は不満の声を上げる。しかし光貴はそんな文句を鼻で笑った。
「ごめんなぁ。俺、関わりないヤローの名前覚える主義じゃないの」
「関わりないって……あれだけ選挙前放送とかしてたのに……」
というか、一度も会話をした事がないのに何故自分の名前を知っているのだろうと思いながら志穂は呟く。
「ああ、安心して。俺、人名覚えるの得意だから」
「いや、聞いてないからな」
「そんな話はどうでもよくって。いっしー、視察って何するのよ?」
「だから、お前らの活動がどんなものか見に来たんだ。で、今は何してるんだ?」
「こっくりさん」
悠吾と志穂はその言葉を聞いて驚きを隠せず、瞬きを何度もした。
「こ、っくり、さん?」
「こっくりさん、ってあの十円玉使って質問するあの、こっくりさんか?」
「そうそう。それでね、アレって十円玉の年代が変わったらどんな変化するのかなあ、って思ったからそれの調査をするのが、今日のオカルト研究会の活動よ」
年代で動きが変わるものなのか……と悠吾は首をかしげた。そして、里佳が「そうだ!」と楽しそうな声を上げた。
「いっしーも志穂ちゃんも参加しよ!」
「え?」
「はぁ!?」
「良いじゃん、人数多いほうがテンション上がるし!」
こっくりさんのテンション上げてどうするよ、悠吾はツッコミを入れたくて仕方が無かったのだが、里佳が既に腕を掴んでスタンバイしていたため何もいえなくなった。
「夜維斗! ほら、参加する!」
「パスパス」
「もー!!」
「諦めろ、里佳。でもここにくるだけ月読成長したって」
光貴になだめられて、里佳はじっと夜維斗を睨みながらこれ以上誘うことを諦めた。ちょっと前まで夜維斗は部室にすら来なかったのだ。部室、というより学校というほうが正しいが。
「こっくりさんに、何を聞くんだ?」
「今後のオカ研の活動について!」
悠吾の問いに間もなく答える里佳。そんな里佳の事を見て、悠吾ははっとひらめいた。
俺が十円玉を動かして、オカ研の活動をやめるように言えば……こいつらは信じる。
「なら、俺も手伝おうか」
「え?!」
志穂が声を上げる。まさか悠吾がこの話に乗るとは思っていなかったのだ。しかし、悠吾がするとなると自分がしない訳には行かない、という妙な使命感にかられた志穂は「私も、します」と里佳に恐る恐る言った。
「よっしゃー、これだけ人数いればなんとかなりそうね! じゃ、始めましょ」
そう言って里佳は十円玉が大量に入っている、上が切り取られた500mlペットボトルを机の下から取り出した。机に置いた瞬間、どんと大きな音がした。
「じゃあまずはこれで……っと」
十円玉をひらがな五十音と『はい』、『いいえ』と書かれた紙の上に置く。『はい』、『いいえ』の間に置かれた十円玉に、一同が人差し指を乗せる。その様子を、夜維斗が興味なさ気に見つめていた。
「こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃりますか?」
里佳が尋ねると、悠吾は小さく笑った。それから十円玉がゆっくりと動き始め、『はい』の上に置かれた。もちろん、悠吾が動かした結果である。
「おお! 来た?!」
「本当に動いた……!」
里佳と志穂は対照的だが、どちらも驚きを隠せない反応をした。何も言っていない光貴だったが、その顔には驚きの表情が浮かんでいた。
「じゃあじゃあ、質問続けて……。えーっと、これからオカ研はどんな活動すればいいですかねぇ?」
それがこっくりさんに対する態度か、と思いながらも悠吾は十円玉を動かし始めた。何とか、気付かれないようにとゆっくりゆっくり動かす。
「か……?」
ぴたりと『か』の上で十円玉が止まる。それから少しずつ位置がずれて『い』の上で止まった。『かいさんせよ』、悠吾はそう言わせようと気付かれないよう必死で十円玉をずらしていた。
「貝? なに、アサリ?」
「しゅげっちゃん、何で、貝でアサリなのよ? そこはサザエとかハマグリとかじゃないの?」
「貝だけでそこまで想像が働くお前らもすごいな」
「でも、『かい』って何だろう……?」
志穂が首をかしげながら十円玉を見る。そんな志穂の隣で悠吾はなるべく感情を出さないようにしていたが、内心喜びで溢れていた。このまま気付かれないで行けば、こいつらは本当にこの言葉を信じる! という勝利の喜びである。
「あっ、動いた!」
ゆっくりゆっくりと『さ』に向かって十円玉が動こうとした時、夜維斗の表情が一瞬変わった。
影が、見えた。
「…………!!」
その瞬間、まるでガラスが割れたような激しい音が教室に響いた。
「ああああああああっ!!!!!」
続いて響いたのは、里佳の叫び声。床に、十円玉が散乱している。
「タイムタイム!! 十円玉やばい!!」
「え!?」
すると里佳はさっさと十円玉から指を離してしまった。こっくりさんって、簡単に指離しちゃいけないだろ……という悠吾の心のツッコミも里佳には届かない。
「ちょっとやばい! みんな十円玉回収して!!」
里佳の言葉に光貴もあたりに散乱した十円玉を拾う。どうやら、何かの衝撃で十円玉を入れていたペットボトルが倒れてしまったらしい。志穂も慌てて十円玉を拾い始め、とうとう指を乗せているのは悠吾だけになった。
「いっしー! 手伝って!!」
「あ、ああ……うん……」
作戦大失敗。悠吾の頭の中にでかでかとその文字が現れた。そして指を離して悠吾はしゃがんで床に落ちている十円玉を拾い始めた。里佳が机の上に十円玉をどさりと置くと、視線を夜維斗に向けた。
「夜維斗も拾うの手伝いなさい! いっぱい落ちちゃったんだから!!」
里佳の言葉を受けて、しばらく動かなかった夜維斗も諦めの息を吐いて、腰を上げた。視線を紙に向けると、里佳が乱暴に置いたおかげで紙の上にも十円玉が落ちていた。
「…………」
奇妙なことに、その十円玉は『あ』『う』『そ』『ほ』『゛』に落ちていた。
「誰が」
夜維斗は小さく呟き、紙の十円玉を一気にかき集めて、ペットボトルの中に入れた。十円玉の年号は『あ』『そ』『ほ』『゛』『う』の順に新しくなっていたのだった。
「それで、いっしー。これで視察は大丈夫?」
教室に散らばった十円玉を拾い終わった悠吾に、里佳はにこにこと楽しそうに尋ねる。尋ねられている悠吾は疲れ気味の様子だ。
「ああ、もう……いいよ」
結局作戦は失敗に終わった上、逆に手伝いをしてしまったことで悠吾はがっかりと肩を落としていた。隣の志穂が「大丈夫、石倉くん?」と心配そうに声をかけている。しかしそんな悠吾よりもさらに疲れた表情をしているのは夜維斗であった。
「何で月読はそんなにぐったりしてるんだよ」
「あの空間にいて疲れないお前がおかしい、朱月」
「そう? 俺は楽しかったらなんでもいいからさ」
にこりと笑う光貴の顔を見て夜維斗はため息を吐いた。それと同時に、悠吾と志穂の二人は教室を出て行ったのだった。
「何が何でも……あの活動を防いでやる――――――!!!」
生徒会会長石倉悠吾の戦いは、始まったばかりである。