活動開始警報
薄暗い屋敷の中で少年二人と少女一人の三人は、ゆっくりと歩いていた。一歩踏むたびに軋む木の音が彼らの恐怖心を誘う。
「大丈夫だろ」
茶髪の少年が少女に向かって言った。その言葉を聞いて、少女は小さく頷いて辺りを見る。外は昼間のはずなのに、ともう一人の黒髪の少年が呟いた。しばらく三人は無言で歩いていた。
「怖いのか?」
「ま、まさか!」
「そんなことねえよ!」
黒髪の少年の問いに茶髪の少年と少女が大声で否定する。それを見た黒髪の少年は呆れたような顔を浮べた。その様子からして、二人が怯えていることがわかる。尋ねた本人は、全く恐怖心を表さない表情でため息をついた。
「どうせ出てこねえよ、幽霊なんて」
「そんな! 出てくるかもしれないじゃない!!」
「ないね。あんなもん、偽物に決まってる」
「お前、信じてないのについて来たのか?」
茶髪の少年が不快そうな顔をして黒髪の少年に尋ねる。黒髪の少年は頷いて「あたりまえだろ」と言った。
「俺は、お前らがビビる姿を見たいからな」
「お前……!!」
答えを聞いた茶髪の少年が黒髪の少年を殴りかかろうとしたそのときだった。木の軋む音が響いた。三人ははっとして、あたりを見た。
「この家は古いからな……俺たちの重みで鳴ってもおかしくない」
しかし、音は止まない。ぎぎぎ、ぎぎぎと少年たちに音は近付いてくるようである。黒髪の少年が吐き出した息が、白く染まる。
「え……」
先ほどまでそんなことなかったのに。その時、少女の目の前に白い影が現れた。その影は不気味な笑みを浮べて……
「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
テレビから出てきた音以上に大きな音で、里佳が叫ぶ。その両隣に座っていた光貴と夜維斗は顔を俯けた。あと少し声量があったら、鼓膜が壊れただろうと光貴は思った。
「里佳……お前、叫びすぎ」
「えっへへー。ごめんね、ついつい叫んじゃった」
「お前、これ何度目だ」
夜維斗が呆れた表情でテレビを指さした。大画面のテレビでは少年と少女が出てくるホラー映画が流れている。内容は少年少女がお化け屋敷と呼ばれる古い屋敷に入り、その現象に巻き込まれるというものだった。
「んーと、昨日も見たし先週の土日も見たし……」
「どんだけ見てんだよ」
里佳はにこにこと笑って「だって、何度見ても飽きないもん」と言った。きっと今言った以上に里佳はこの映画を見ているのだろう。映像的に最近の映画には思えない。
「これ、いつの映画?」
「結構昔。多分、十五年ぐらい前じゃないかな」
光貴は感心のため息を吐いた。
「もー、ここのシーンはいいね! 何度見ても飽き飽きさせないからさあ」
「はいはい」
里佳の熱い言葉を夜維斗は冷たく受け流す。その様子からして何度も里佳に付き合わされて見せられているのか。光貴はテーブルに置かれているジュースを飲みながら盛り上がっている二人(というより里佳)を見た。
「ね、しゅげっちゃんはどう思う?!」
いきなり里佳に振られた光貴はジュースを喉に詰まらせかけながらも、飲み込んだ。完全に話を聞いていなかったので、しばらく呆然と里佳の顔を見る。
「……あ、あー? うん、月読が悪い」
「よねー!」
あ、適当でも良かった。光貴は安心して再びジュースを飲んだ。その様子を夜維斗は睨んでいた。
「そうだ、昨日クッキー焼いたの。食べる?」
里佳がにこりと笑って光貴と夜維斗に尋ねる。夜維斗は何も反応しなかったが、光貴が頷いたのを見て里佳は部屋を出る。
本日のオカルト研究会の活動は、陽田家でのホラー映画鑑賞である。これは活動に入るのか、と夜維斗は思っていたが反論する暇さえも与えられなかった。いつも通り、里佳と朱月が夜維斗の家に押しかけて「活動よ!」と言い出して引きずられるように連行されたからだ。
「……疲れた」
夜維斗が首を軽く回してため息を吐く。若くないな、と光貴は隣で背伸びをする同級生を見て思った。
「月読ってさー、いっつもこの映画見せられてんの?」
光貴の問いかけに夜維斗が少しだけ意外そうな顔をした。テレビではまだ映画が流れている。
「まあ、ずっと見せられてるけど」
「ずっとって、どれくらいよ?」
「……中学前ぐらいから」
その言葉に光貴の眉がぴくりと動いた。
「そういや月読って里佳と幼なじみだったよな」
「ああ」
「そっかー……え、ずっと?」
「まあ、ずっと」
「ずっとねえ……」
光貴は夜維斗の言葉を繰り返した。二人はソファに座ったままテレビを見つめている。
「……月読」
夜維斗に顔を向けることなく、光貴が尋ねる。夜維斗がわかりやすいぐらい面倒臭そうな顔をして光貴を見た。
「俺さ、里佳が好き」
「……」
何も言わなかった夜維斗だったが、その表情は少しだけ驚愕の表情を浮べていた。いつも疲れているような夜維斗の顔しか見たことのなかった光貴も驚いた。
「はい?」
「だから、里佳が好きなんだって」
「……はあ」
どう反応しろと? 夜維斗はしばらく困ったが、光貴の真剣な顔を見てどうやらただ事ではないと思った。普段から光貴はいろいろな女に対して軽い態度を取っているが、里佳に対してそんな感情を持っているとは知らなかった。
「お前さあ、幼なじみのこと好きになったって言われてそれだけかよ?」
「いや、何ていうか……いきなり言われても」
「お前が照れんな! 俺が恥かしいだろ!」
「誰が照れるか」
平然とした態度でそう切り返す夜維斗をみて光貴はため息をついた。若々しさのない奴だなあ……という意味を込めてのため息である。
「なあ、月読」
「何だ」
「お前は里佳のこと、どう思ってるわけよ?」
ずっと光貴が抱いていた疑問。里佳と最も近い距離にいる男は、果たして何を思っているのか。
「大切だと、思ってる」
「……ん?」
「だから、お前みたいに好きとかどうこうはないけど、大切だと思ってる」
テレビの向こうでは危機に陥った少女を、黒髪の少年と茶髪の少年の二人が協力して助けようとしている。そんな姿を、夜維斗はただぼんやりと見つめていた。
「……ふーん」
大切、は好き以上の何かがあった。それはわからないけれど、光貴は漠然感じていた。それが生まれてずっと一緒か、一年ぐらいの付き合いか、の差だろう。そう思った。
「おまたせー! 里佳さん特製のクッキーを味わいやがれー!」
シリアスな映画のシーンに全く似合わない里佳の声が響く。光貴は「うまそー!」と楽しそうに声をあげた。その横顔に一瞬だけ悲しい色が映った、ように見えたが、夜維斗は気のせいだと思った。光貴は里佳のクッキーを食べて、微笑んだ。
「さすが里佳だな、うまいよ」
「でっしょー? あたしに不可能はないってね!」
その横で夜維斗はクッキーを頬張りながら映画を見つめていた。
結局、少女と少年たちは進展なく友達のままだった。