月原高校オカルト研究会―A Day of Beginning―

 

 さて、時刻は午前六時三十分。目を覚ましたその少年は起き上がって時計を確認した。いつも通り、六時三十分。彼はそれからしばらく起き上がったままでぼんやりとする。彼は低血圧なのだ。

 彼の名は月読夜維斗(ツキヨミヤイト)。現在、月原高校に通う高校二年生の男子生徒である。ただし、彼は真面目に学校に通うような生徒ではない。彼が最後に学校に行ったのは確か模擬試験のときだったはずだ。彼はぼんやりとした頭で次の試験はいつだったかを考えていた。

 それからしばらくして、夜維斗の頭は覚醒する。夜維斗は立ち上がり顔を洗い、着替える。今日は平日だが、学校に行くつもりはさらさらないので、自宅用のシャツを着てジーパンを履く。台所に向かって食事を作る。そんな彼は高校に近い小さなアパートに一人暮らしをしている。

 夜維斗の両親は彼が幼い頃に死んでしまった。交通事故だった。そして、夜維斗は叔母の所に住むことになったが、あまり叔母は夜維斗のことをよく思っていなかった。

 食事を作り終えたのは七時過ぎ。今日の朝食はトーストと目玉焼きとキャベツの千切り。いつもとほとんど変わらない朝食を夜維斗はテレビを見ながら頬張った。今日も朝から物騒な話や不景気な話が多い。どうでもよさそうな顔で夜維斗はパンを食べる。いつもと変わらない。

 

 が、その日常はある襲撃と共に崩される。

 

 ぴーんぽーん、と間抜けなチャイムの音がする。朝から自分を訪れる人間に心当たりがない……こともない夜維斗だったが、そのチャイムの音を無視した。もう一度ぴーんぽーん、と呼び出し音がする。夜維斗はテレビを消した。とうとうドアが叩かれた。

「夜維斗?! どうせ居留守使ってるんでしょ! さっさと出てきなさいよ!」

「月読、朝だぞー。ほら、学校行くぞー」

 どんどん、と叩かれる音と大声。しかし夜維斗はやはりどうでもよさそうな顔をして玄関のドアを見る。早く帰らないかな、と夜維斗は思った。

「月読くーん。わざわざ二人でお迎えに来たんだぜ、ほら一緒に学校いこうよー」

「そうそう、先生も待ってるからさ! だから無駄な抵抗はよして、外に出なさい!」

 どんどんどんどん。激しく扉を叩く音がしたが、しばらく静かになった。夜維斗は安心したが、まだ油断できないとわずかに顔を引きつらせた。がちゃ、がちゃがちゃとドアから不気味な音がした。夜維斗の嫌な予感は高い確率で的中する。

「おっはよー夜維斗!」

 ドアが開かれて、夜維斗の部屋に月原高校の制服を来た女子と男子が現れた。二人とも朝に似合う爽やかな笑顔を浮べている。

「……陽田、朱月…」

「いやあ、爽やかな朝ねえ。うんうん、いい天気じゃないの」

 夜維斗が嫌々そうに顔を上げる。夜維斗が陽田と呼んだ女子、陽田里佳(ヨウタリカ)はカーテンを開ける。朝の陽射しが部屋に入った。

「いい天気よ、夜維斗。一緒に学校行きましょう」

「何でそんな話になった」

「何となくに決まってるだろ」

 里佳の隣にいる長身の男子、朱月光貴(シュゲツコウキ)がにやりとした笑みを浮べて夜維斗に言った。その笑顔を見て、少し夜維斗は苛立ちを覚えた。

「何となくで人の家来る奴がいるか。っつーか、何で鍵持ってんだ」

「なんてったって幼なじみクオリティ」

 そう言って里佳はポケットから鍵を出す。幼なじみだからって鍵を持っているのはおかしい、という夜維斗のツッコミはきっと彼らに届かないだろう。

「さーて、着替えろ月読」

「………は?」

 光貴の言葉を聞いて夜維斗はぽかんとした。

「その格好で学校行けるはずないでしょ。脱ぎなさい」

「誤解を招くような発言を止めろ……」

「いいから脱げ!」

「朝から騒がしい……」

 これ以上言ったところで里佳も光貴も帰らないだろう。夜維斗は大きくため息をついて諦めた。制服を持って洗面所に向かう。その様子を見て里佳と光貴は楽しそうに手を合わせた。

 やっぱり夜維斗は黒が似合う。着替えて学ランを来た夜維斗を見て里佳はそう思った。夜維斗の表情は朝から疲れきっている。

「うっわ、若くねえ表情」

「朝から五月蝿いのが来たからな」

「えー、誰のことかわかんないなあー」

「はぁ……」

 光貴との会話の間に本日何度目かわからないため息を夜維斗はついた。彼の友人は頭痛とため息と言っても過言ではない。特に今彼の家にあがっている二人といると友人は多く出てくる。

「さーて、はりきっていきましょー!」

「おー!」

「………」

 朝からハイなテンションの里佳と光貴とは正反対、夜維斗はがくりと肩を落としたのだった。

「あ、そうだ。月読、印鑑ある?」

「は?」

 光貴の質問の意味がわからず、夜維斗は訊き返した。しかしいつの間にか部屋を漁っていた里佳が光貴の探し物を見つけ出していた。

「あったあった。えーっと、ここだっけ」

 そう言って、里佳は何かの紙に夜維斗の印鑑を押した。その行動をぼんやり見ていた夜維斗だったが、またまた悪い予感がした。そして、的中。

「本日より、夜維斗! あんたも月原高校オカルト研究会の会員よ、光栄に思いなさい!」

 里佳の言葉に拍手をする光貴。もはやため息をつく元気も夜維斗にはなくなっていた。

 

***

 

 学校に行く道のり、里佳はオカルト研究会設立までの険しい道のりを語っていた。

「生徒会にそんな会が設立できるはずないって言われてさ。それで笑いながら『ま、あったところで、中途半端な会を誰が喜ぶか』とか言い出してさ!」

「まさか、お前……」

「え、そんなしてないわよ。生徒会長背負い投げなんて」

 にこ、と笑う里佳。その笑顔を見て夜維斗は里佳が生徒会長を背負い投げして「あんたの生徒会活動の方がよっぽど中途半端よ!!」とか怒鳴る姿をすぐに想像することが出来た。里佳の隣で苦笑いをする光貴の表情からそれが真実であることがわかった。

「すごかったぜ、里佳の背負い投げ。さすがこの間の県大会で優勝しただけあるよ」

 光貴の言う通り、里佳は先日まで柔道部に所属していた。しかし、そんな優秀な成績を残した里佳であったがオカルト研究会を立ち上げるために部活を辞めたのである。次期柔道部部長とも言われていたが、「それよりオカ研の方が大切」と言って退部届を顧問に突きつけたらしい。

「でしょー。あたし、柔道だけなら誰にも負けない気がするわ」

「月読にも?」

「う………」

 里佳は言葉を詰まらせた。そんな里佳の視線を受ける夜維斗は言葉を詰まらせた意味を理解していないようだ。

「夜維斗は、あのー、あれよ。論外、っていうか人外」

「言っとくけど、俺も人間だ」

「いや、半分…、三分の二は人間じゃない」

 光貴が笑いながらそう言って、鞄から一枚の紙を取り出す。そこには多くの名前と数字が小さく書かれている。

「あ、この間の模試の成績、とか?」

「そうそう。えーっと、はいここ」

 光貴の指先には里佳と光貴の間にいる学生…つまりは月読夜維斗の名があったのである。

「うっわー、また全国一位? ちょっと引くわあ」

「引く、って言われても」

 夜維斗は光貴の持っている紙を見た。その紙は少し前に受けた模擬試験の全国順位であった。一番上に夜維斗の名前が書かれていると言う事は、全国一位の成績を持っていると言う事なのだ。

「家で何してるの? 勉強?」

「いや、別に」

「んじゃ、ゲームとか?」

「興味ない」

「えーっと、まさかの……いやらしい本読んでる、とか」

「何で」

 二人の言葉にもどうでもよさそうに夜維斗は返事をした。家で夜維斗がしていることと言えば、食事を作ったり掃除をしたり洗濯をしたり……正直男子高校生らしからぬ生活をしている。

「ところで里佳、オカ研って入ったはいいけど何するんだよ?」

 光貴の言葉で、彼もまたオカルト研究会の会員であることを夜維斗は知った。里佳はその言葉を待っていた、と言わんばかりにファイルを取り出した。

「お?」

「今まであたしが調べてきた都市伝説とか、七不思議とか」

「すげー……」

 そのファイルを受け取った光貴はぺらぺらとめくり、感心の声をあげた。どうやって、こんなに知識を集めたのだろう、と里佳を見る。

「で、それを実際に調査しに行く。それが月原高校オカルト研究会」

「パス」

 里佳の高らかな宣言を受けて数秒後、夜維斗ははっきりとそう言った。あまりにもはっきり言ったため里佳と光貴は顔をあわせて、ゆっくりと夜維斗を見た。

「はい?」

「だから、パス」

「何が?」

「その、調査」

 里佳は瞬きをして夜維斗を見つめる。少しずつ顔を近づけ、里佳は夜維斗を睨んだ。

「はぁ!?」

 目の前で叫ばれた夜維斗は目を大きく開いた。夜維斗はなぜ叫ばれたのか理解していない、というよりは理解したくなかった。

「そんな言葉認めませーん。陽田さんの耳にはそんな言葉聞こえませーん」

「諦めろ月読。いいじゃねえか、そんな怖いことばっかじゃねえって」

 光貴が夜維斗の肩を叩く。いや、怖いとかどうこうじゃなくて……と反論する気も夜維斗にはなかった。この二人に何か言っても無駄なことを経験上理解しているのだ。そうでなかったら、夜維斗は今ごろ家でゆっくりと過ごしていただろう。

「はぁ……」

 疲れたため息をついて、夜維斗は空を見上げた。

 

 これが、月原高校オカルト研究会の始まりであった。

 

 

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