全力疾走
ここまで走ってきて、思った。わたしは、何でこんなにも全力なんだろう?
「・・・そう。別れたいんだ。」
「うん、せっかく呼んでくれたのにこんな話でごめん。」
「いいよ。」
彼はふっと、穏やかな笑みを浮べて言った。
「君を責めるつもりはないよ。僕が悪いのはわかってる。」
そして、彼はわたしの頭を撫でてくれた。暖かい彼の手の体温を頭皮で感じる。
「・・・ごめんなさい。」
「何で謝るの?君は悪くないんだから・・・」
わたしは、悲しくなった。この決意をして、泣かないと決めたのに、決めたのに。
ごめんなさい、としか出てこなかった。ごめんなさい、ごめんなさい・・・
「謝るのは・・・僕の方だよ。」
強く、彼はわたしを抱きしめた。ああ、この感覚が幸せ。その幸せを、わたしは手放そうとしている。
「僕が、君を苦しめた・・・ごめん・・・」
彼の呼吸が少しずつ、荒くなる。わたしの頬に、冷たいものが触れた。
「本当に・・・すまない・・・」
彼のらしくない、その表情を見た。涙をぼろぼろと流して、わたしを抱きしめている。
本当は、別れたくなんてないのに。それでも、わたしは決めてしまった。後悔なんてしたくないのに。
「本当は・・・離れたく・・・」
彼の顔を見て、言おうとした。けれど、彼は静かに目を閉じて首を振る。
「駄目だよ・・・もう、僕は君を苦しめることしか出来ないから・・・」
「ごめんなさい・・・わたしの、わたしのワガママで・・・」
涙が、溢れた。
「・・・っていう夢を見たの。」
彼にそれを説明すると、彼はぽかんとした表情で、わたしを見た。
「はぁ・・・」
「つまりさ、あんたはわたしにプレッシャーかけてるんだよ。」
「ふーん・・・でも、別れるつもりはないの?」
「・・・全力であんたを支えてる人間に失礼じゃない?」
「それなら走って逃げればいい。」
そう言って、彼はフッと笑う。少し悪魔のように思えるその顔。
「走って逃げたら、あんた死ぬまで追いかけるでしょ?」
「いや、逆逆。僕が君に追いかけられるよ。」
「・・・失礼な!」
そう言って、わたしたちは笑った。きっと、あの夢は正夢にならないな。
走って走って、全力で走って。あんたを追い抜いて、さらに走って、やっぱり止まって。
そんな感じが、一番良いのかもしれない。
だからわたしは、全力で走るのだろう。