遠心力
広辞苑によると、遠心とは中心から遠ざかること。つまり、遠心力とは中心から遠ざかる力のことだそうです。
「で、わたしたちは都会から離れる訳ですか?」
「そうそう。これも遠心力が働いてのことだよ。」
彼はそう言って、バスの窓の流れる風景を見つめている。
「全く・・・いきなり呼んだかと思えば、都会から離れようって・・・どんな誘い方よ?」
「いやー、だって排気ガスだらけの空気を吸ってたら苦しくなっちゃってさ。」
へらりと、彼が笑いながら言った。呆れるしかない。
「何処まで行くの?わたし、お金なんて持ってきてないんだけど。」
「そのバッグの中身は?」
「携帯と、化粧道具と、ハンカチと、ティッシュと、財布。」
「財布入ってるじゃん。」
「それでも、こんな遠くに行くお金なんてない!」
わたしが怒鳴ると、彼は口の前に指を立てて「しー」と言った。けれど、バスにはわたしと彼と運転手しかいない。
「何処まで行くつもり?」
「うーん、とりあえず遠くに行きたい。」
「・・・計画性のない男は嫌い。」
ため息混じりにわたしは言った。
「計画がないことは、ないよ。」
「は?」
「街から離れること、それが僕の計画。」
「全く・・・」
頭が痛くなってしまう。けれど、彼から離れる力は私に残っていないようだ。
何でこんな肝心な時に、遠心力は働かないのだろう。
「・・・そっか。」
「ん?」
わたしは、気付いた。
「あんた、わたしの中心になってないのよ。」
「なるほど、だから帰ろうとしないんだね。」
彼はわたしの言葉に納得したように小さく頷いた。そして、へらりと笑いながらこう言う。
「じゃ、君の中心にならないように努力しよう。」
「そうですか。」
なら、わたしもあんたの中心にならないように気をつけないと。
そんな事思っていても言うつもりはない。