零の概念
私は忘れてしまった。大切な事を、私は忘れてしまった。
それはあまりにも重要で、それはあまりにも必要で、なのに私は忘れてしまった。
忘れたくない、忘れたくないと何度も言ったはずなのに、私はすっかり忘れてしまったのだ。何故、私はこんなにも忘れてしまったのだろう。何故、私は忘れてしまったのだろう。
「君は、誰だい?」
私はそう言った。彼女に対して、私は言ってしまったのだ。ああ、何故私は忘れてしまったのだろうか。
「君は、何処の誰だい?」
私がそう言った瞬間、彼女は泣き出しそうな顔をした。ああ、違う。私が言いたいことはそんな事などではない。そうわかっていても、彼女に対して私は何もいえない。彼女が何処の誰なのか、彼女がどんな声をしているのかがわからない。
「ああ、君は・・・?」
言葉を紡いでも、彼女に対して私は何もいえない。言いたいことは幾らでもある、なのに彼女に何を言えばいいのかわからない。彼女に今まで何を言っていたのかわからない。
「・・・君、は・・・」
「もういいわ。」
悲しげに、彼女が言った。首を振って、また私を見た。その瞳に涙が溜まっている。
「ごめんなさい、私が、苦しめてしまったのね」
「君が・・・?」
違う、違うだろう。君は私を苦しめてなど居ない。むしろ、私が君を苦しめてしまった。そんな風に、泣かないでくれ。私のために、無くなんて止めてくれ。
「一体・・・」
君は誰、なんていいたくない。君を抱きしめたいのに、私の体は動かない。何故だ、何故動かないんだ。どうして、どうして。
「何をしたんだ・・・?」
「ごめんなさい・・・」
彼女の頬に涙が落ちた。彼女を泣かせたのは私だ。私が、彼女を泣かせてしまったんだ。泣かないでくれ、頼む、泣かないでくれ。そう思っても、私は何も出来ない。
「もう、思い出さなくていいの・・・」
優しく笑っている彼女の頬には涙の筋がある。そんなに、そんなに無く理由がわからない。違う、知っているのに忘れている。
「思い、だす・・・?」
何を忘れているんと言うんだ?私が、私が何を?
「何を・・・」
私の言葉で、彼女の表情が歪んだ。苦しげで悲しげな表情になった。そして彼女は「ごめんなさい」とだけ言って私から離れようとした。待ってくれ!行かないでくれ!叫ぼうとしたけれど私に言う権利など無いのだ。
「・・・」
最後に、彼女は笑ってくれた。ああ、なんて優しい笑顔なんだ。私はこんな笑顔を初めて見た。違う、何度も見てきたはずなのに、私は忘れてしまった。忘れたくないのに、私は忘れてしまった。
「さようなら」
記憶は果てて零となる
零の概念・・・「私」は何処にいるのですか?