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なにもかもが鮮やかに見えて
空を見上げて、一瞬だけ泣きそうになった。
「……ああ」
私は、開放された。私は、やっと外に出ることができた。
「これが、空か。初めて見る、美しさだなあ……」
今までとは違う、ため息。吐き出す息も、暗い闇の中ではなく、あの青い空に消えた。
久しぶりに外を歩く。きっとまだ、数歩しか歩いていないのに、私はひどく疲れていた。森に入った私は、木に寄りかかって休憩をした。吹く風は、今までに当たったことの無いような、柔らかな風だった。
安らかな眠り、というのがこんなにも気持ちのよいものとは思わなかった。まぶたが、ゆっくりと落ちてゆく。このまま、永久の眠りにつけたなら、と私は心の底から願った。いっそ、このまま眠りからさめなくてもいい、とも思った。
「……あの、大丈夫ですか」
そのとき、私の耳に聞きなれない少女の声が届いた。鈴のような、かわいらしい声は私を初めて聞いた。
「……え」
「具合、悪くなったのですか?」
目をあけると、黒い髪と青い瞳を持った、質素な服を着た少女が首をかしげていた。私を見る瞳には、心配の色が写っている。
「いや……少し、疲れたから休んでいただけです。大丈夫ですよ」
「そう、ですか。よかった、ここは人があまり通らない場所だから、寝るのも気をつけたほうがいいですよ」
少女は、にこりと微笑む。私に向けられるには、優しすぎる微笑だった。
「あの、もしよろしかったら、私の家で休まれますか?」
「え?」
少女の提案に、私は驚きの声をあげた。しかし、自分の格好を思い出して、ああ、と納得した。見た目だけなら、私は貧しい旅人にしか見えないのだろう。
「ここからすぐ近くですし、ぜひ、来てください」
「いや……遠慮します。もう、大丈夫ですから」
「でも、この森はまだ続きますよ。少し、休まれてから……」
この子は、きっと優しい子なのだろう。ならば、なおさら私と関わりを持たないほうがいい。そう判断した私は、マントを外し、腕を見せた。私の腕を見た少女は、微笑から、驚愕の表情になる。
「これは……呪石、ですか?」
恐る恐る、というように少女は尋ねる。私の肩から手首にかけて、合わせて八個の石が埋め込められている。
この石は、私が罪人であったことの証拠。軽罪ならば刺青で済むが、重罪であると呪石と呼ばれる宝石のような石が、特殊な術によって埋め込められる。この数は罪の数や、殺人を犯した者ならばその殺した人数分となる。私の場合は、後者だ。
「ええ、そうですよ」
かつて私は、人を殺した。呪石と同じ数、八人の人間を殺した。私の生きてきた暗い世界では人を殺すことは当たり前の話だった。そうしなければ、自分が生きていけない。誰かの人生を終わらせることで、自分の人生は続くのだ。しかし、この明るい世界では違う。誰かの人生を終わらせることで、自分の人生も終わりへと向かう。
「私と関わるのはやめたほうがいいです。お気遣い、感謝……」
「綺麗」
そのとき、少女の口からはっきりとした声が出た。じっと私の腕に光る呪石を見て、少女は言葉を続けた。
「聞いたことはありました。重い罪を犯した人が、腕に埋め込まれるものだと。でも、その石は埋め込まれた人の心を映すと聞いて、多くの罪人の石は曇った色をしていると、思っていました」
腕に光る、呪石。その光は、一点の曇りもなく、純粋な色をしている。
「きっと、あなたは優しい人なのですね。だから、私にもこの腕を見せたのでしょう?」
「……優しくなど、ありません」
私が言うと、少女は強く首を振った。それから、私の手を、彼女は両手で包み込んだ。
「あなたは優しい人。だって、こんなにも優しい光を持っているのだから」
彼女の手は温かく、そして私に見せるその笑みもまた、私の心を温めるようなものだった。それは、初めて感じた、心の温もりだった。
なにもかもが鮮やかに見えて・・・空も、木も、風も、そして、この温もりも。そのとき初めて、私の世界に色が灯った。