The girl
「あ、歯折れてた」
そんな奴の声が聞こえた。それって結構まずくないか? と、俺は起き上がって奴を見た。奴はつい先ほどまでの俺と同じように仰向けに倒れている。
「ほら、これ」
そう言って奴はつまんでいた白い欠片を見せた。それから、奴の口を見ると確かに歯が一本変な形に欠けている。
「やっちゃったー……っていうか、やられちゃったー……まさか本気で殴られるなんて」
「それは俺も一緒だっつーの。俺だって歯折れたし」
俺は奴と同じように白い欠片を見せる。イの発音をすると、少し風が口の中に入ってくる。血から出る鉄分の味がした。
「マジかよ」
奴も体を起こして、上を見た。俺も同じように上を、空を見た。夕方になりかけていて、薄い水色と黄色が混ざり合って白に近い色になっている。
「こんな本気で殴るの久しぶり」
「殴られたのも久しぶりだし」
「いや、マジ参った」
せっかく起き上がったのに、奴はまた仰向けに倒れこんだ。俺もどっと疲れてしまい、倒れこんだ。
「なあ、どう思う?」
「何が?」
奴の尋ねたことの意味がわからず、俺は訊きかえした。
「だからさ、俺たちが殴りあったことに関して」
「…………若気の至り」
「だよなー」
俺と奴はすごく仲が悪かったわけじゃない。どちらかと言えば、仲は良かったほうである。けれど、俺たちはつい数分前までお互いを殴り蹴り踏み飛ばし……つまりは取っ組み合いのケンカをしたのだった。
「しかしどういう事だよ」
俺は呟く。奴がこちらに顔を向けた。
「どういう事って?」
「この悲しいオチ」
「あっはっは……お互い歯、折ったのになぁ」
奴の言葉には頷くしかできない。全く持ってその通りだ、なのに。
「……彼氏、いたんだぁ」
そう、俺と奴が取っ組み合いのケンカをした理由。それは、お互いに同じ女の事が好きになってしまったからである。二人ともアプローチはしていたが、彼女はなかなか気付いてくれなかった。そして、じれったい気持ちは積み重なり、最終的には身近に居る敵をさっさと片付けてしまおうという短絡的な考えに至ってしまったのだ。まさに若気の至り。
そして俺たちは近くの川原でケンカを始めた。それからしばらく殴り蹴り踏み飛ばし……を繰り返していると、川を挟んで向こう側に俺たちが狙っていた女と、その隣で楽しげに笑っている別の男が居た。つまり、俺たちは無駄なケンカをしていたと言う事だ。
「アホくせえ、俺ら」
「本当だよ」
「なのに本気だったんだな」
「本当にな」
「あー、歯が痛い……」
「なぁ」
適当な返事しかしなかった奴が、突然深刻な声を上げた。何か重大な事でも起きたのか、と俺は起き上がって奴を見た。真っ直ぐに空を見つめるその表情は真剣そのもの。
「……歯ってさ、また生えたりすんのかな。爪みたいに」
「……はぁ?」
「お、上手いね。歯だけに」
にやりと笑っている奴の歯も、一本だけ欠けている。なんだか俺たち間抜けだなぁ……
「さっさとさ、告白すれば良かったな、俺たち」
「それなら歯だって欠ける必要もなかったし」
「なんか、バカだなぁ」
「本当、バカだなぁ」
なんだかおかしくなって、笑ってしまった。結局俺たちには彼女なんてまだまだ早いのかな。
川原! ケンカ! 青春!!
The girl・・・俺たちが手にしたのは歯の欠片、だけ?