運命分岐点

 

 あの時、こうしていれば。そんな言葉を吐き出したのは、もう、何度目だろうか。

「……黙れ優柔不断」

 ぽそ、と隣で彼が呟いた。彼は、それはもう冷たい、氷のような視線を私に向けていた。

「ひどいな、そういう言い方」

「うるせー。お前の優柔不断に付き合ってたら時間がいくらあっても足りないっつーの」

「時間とは、有限だからこそ価値がある」

「うるせー、早く選べ」

 すっかり彼は飽きているらしく、あくび交じりにそんなことを言う。つまらない人だ、と零しながら私は足を進めた。

「選択肢がないと人は不満を述べるが、選択肢があっても人は不満を述べる。不思議な生き物だとは思わない?」

「……俺に三度同じことを言わせるつもりか?」

 きっと彼が言いたいのは「うるせー」という言葉だろう。冷たい視線もいつの間にか目を閉じることで消えていて、代わりに眉間に深い皺が寄っている。

「選択肢、というもののちょうどいい数は難しいね。こうも多くあると、本当に選べなくなる」

「いい方法を教えてやろうか?」

 はあ、と大きくため息を吐いたあとの彼の提案。私が彼を見て、その言葉の続きを求めると、彼は眉間に皺を寄せたまま目を開け、なおかつ冷たい視線を送りながら、私の顔に手を伸ばした。

「口を動かさないで頭を働かせて選べ」

 彼は私の唇を強く摘んだ。痛い、というつもりが口から漏れたのは「みひゃい」という意味をなさない音声だった。そして、彼は私の唇を強引に引っ張って視線を元の方向に戻した。私の口を開放するつもりは無いらしく、唇はふさがれたままだった。

「……ほれにしゅる」

 私が指さして宣言すると、彼はようやく私の唇から手を離し、そして私が指さした先にあるものを取った。それから彼が歩き始めたので、私もその一歩後ろを歩く。

「ったく、時間かけすぎだっつーの」

「知らないのかい? 選択があることによってね、世界は新しく構築されるんだよ」

「……プリン一つでか?」

 彼が足を止め、カウンターに私が指さしたプリンを置いた。プリンはレジの店員の手に包まれ、表面に記されているバーコードをリーダーで読み取られた。

「128円になります。ポイントカードはお持ちですか?」

「はい」

 店員に言われ、彼は財布から小銭とカードを出して、カウンターに置いた。店員はまたカードを手にとり、リーダーで読み取って、彼に返す。

「そう、プリン一つで」

「2円のお返しです」

 私が彼の問いに答えると、店員がちょうどお釣を彼に渡した。掌で、銀色が輝く。それを財布に収めたあと、彼は出口に向かって歩いた。私も、一歩後ろに続く。

「あの時、私がプリンを買わなければ。その時点で選択肢は増えて、平行の世界が出来る」

「平行の世界?」

「簡単に言うと、パラレルワールド、というものだね」

 自動ドアが開き、店内に客の出入りを知らせる音声が流れる。店員の「ありがとうございましたー」というどこに向けて言っているかわからない挨拶が、私たちの背中に当たった。

「あー、何かテレビとかで聞いた気がする。もう一つの世界とかなんとか」

「君の理解度にしては上出来だね。そのもう一つの世界、というのはもしもああしていれば、という選択肢によってできる」

「へー」

 どうやら、飽きたらしい。彼の良いところは、そう言った感情がすぐ表に出ることだろう。

「けれど、結局人間が進める選択肢は一つだけだ。その一つの選択肢は、運命だと私は思うね」

「運命、ねえ」

「そう、運命。だから、選択をするときは丁寧にしなければならない。それが、運命を決める分岐点なのだからね」

「お前って、何か難しく考えながら生きてるな」

「君はもう少し考えながら生きればいいんじゃないかな?」

「考えながら生きてたらお前と付き合ってねーよ」

 吐き捨てた途端、彼は急に黙り込んだ。彼が何も言わないので、私も黙っていたら、彼が足を止めて、恐る恐るというように私の方を振り向いた。顔が、赤い。

「……少しは恥ずかしがったらどうだ」

「再告白、されたから?」

 私が確認すると、彼は「なっ?!」と奇妙な声を上げた。

「君が私と共に過ごす、という選択をしたのは正解かどうか、私にはわからないね」

 そう言って、私は止まったままの彼を追い越して、先を行く。一歩、二歩、三歩。

「けれど」

 四歩目で、私は止まる。

「これが私と君の運命だとしたら、素敵なことだと思うよ」

 

運命分岐点・・・正解がわからないこそ、今生きるのが運命、なのかもしれないね

 

 

 

 

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