Short File:クッキング・ドール

 

 その日、リュウは珍しく遅く目覚めた。

 呼び出しもなく目覚めるのは随分久しぶりなことだった。ゆっくりと体を起こして、時計を手にとってもう一度時間を確認した。

「……九時」

 十時には本部に向かわないといけないが、部屋から本部までは十分あれば到着できる。つまり、一時間前の起床というのは随分余裕があるということなのだ。

「この時間なら、料理する余裕、あるな」

 ベッドから出て、リュウは大きく伸びをした。洗面所に行って顔を洗うか、と考えていたときだった。リュウの鼻をつく、焦げ付いた匂い。

「火事?」

 夜はちゃんと火を消してロックもしたはずだ。そう確信しながら、もう一つの可能性を考えながら、リュウは台所へ向かう。

「おはようございます、マスター」

「……やっぱりな」

 もう一つの可能性、的中。台所に立っていたビィを見て、リュウは小さく息を吐き出した。リュウのほうを向くビィの左手にはフライパン、右手にはフライ返しが握られている。

「お前、何してるんだ?」

「マスターの朝食を作っていました」

 そう言って、ビィは皿の上にフライパンの中身を乗せた。ばらばら、という乾いた音で皿の上に乗せられたそれは、黒かった。

「……何だ、それは」

「マスターの朝食です」

「そうか……魔法使い、ってのはこんなものを食べるのか」

「訂正します。あなたの朝食です」

 ビィは真っ直ぐにリュウを見て答えた。リュウは、ビィと皿の上の黒い物体とを何度か見比べて「へ?」と声を上げた。

「俺の、食事?」

「はい」

 返事を受けて、リュウは再び黒い物体を見る。

「えーっと、ビィ。これは、具体的に何をどうしたものなのか説明してもらいたいんだが……」

「卵を溶いて、ベーコンと一緒に炒めたものです」

 ビィの説明を聞きながらも、リュウは黒い物体を見つめていた。説明から推測して、スクランブルエッグなのだろうが、皿の上の物体はその様子が全くない。何をどうすればこうなるのだろう、と考え、リュウは恐る恐る尋ねた。

「ビィ、お前、炒めると燃やすの違いを知っているか?」

「どういう意味でしょうか」

 ビィの反応から考えられることは二つ。

 一つは、燃やすと炒めるの違いがわからない、ということ。もう一つは、本人としてはこの黒い物体を燃やしたのではなく炒めたと思っている、ということ。

「……質問を変えよう。お前、今まで料理をしたことはあるのか?」

「これが初めてです」

 その言葉に、リュウは驚いた。朝にわざわざ食事を作る、ということは以前のマスターの習慣か何かかと思っていたからだ。しかし、落ちついて考えれば、ビィの中にあった以前のマスターの記憶は契約解除された時点で消失している。

「じゃあ、何でわざわざ俺のために朝飯作ったんだ?」

「ゆっくり朝食を摂りたい、と仰っていたので実行しました」

 そういえば、とリュウはビィの言葉を聞いて思い出した。

 

 昨日も朝早くから夜遅くまで事件に巻き込まれたり報告書を作ったり、としていたら食事は惣菜と栄養補助バーとゼリー、という不健康なものになってしまった。そんな中、デュオかミリーネに愚痴った一言。

「まともな朝飯ぐらい食わせろ、っつーの」

 

 その言葉を、どうやらビィが聞いていたらしい。そう納得して、リュウはビィの頭に手を乗せた。

「ありがとうな、ビィ。でも……」

 皿の上の黒い物体をつまむと、さらさらと粉になって消えた。ビィはその様子をじっと見ていた。

「まずは、料理の練習だな」

「了解しました、マスター」

 

 

 

 

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