「……へえ、小春がデート?」
とある土曜日。場所は寮の亜華音の部屋。そこには部屋の主である亜華音と、柚季と美鳥がいた。
「そうなの、小春がデートしてるのよ」
きりっ、というような効果音が似合いそうな表情を浮かべて、柚季は美鳥の言葉に頷いた。
「でも前から言ってたじゃん、小春に彼氏がいるって」
「そうそう、初めて聞いたときビックリしちゃった」
何を今さら、というような美鳥と亜華音。そんな二人の反応を見て「ちっがーう!」と柚季が声を上げた。
「いい?! そのデートが明日あるんだよ!」
「へー、そうなんだ」
「あ、もしかして、尾行しちゃおうってわけですか、柚季先生?」
亜華音がぱん、と手を叩いて柚季に訊く。すると、柚季はにやりと笑った。
「正解だよ千条くん! と、言うわけで『小春のデートを見学して彼氏を見ちゃおうぜ大作戦』を決行しませんかお二人さん!!」
「本命は最後の彼氏のくだりね」
はあ、と呆れたように美鳥はため息を吐く。そんな冷めた美鳥の横で、亜華音は目をキラキラと輝かせている。
「私も気になるー! 小春って、あんまり彼氏の話してくれないんだもん!」
「でっしょー! だーかーら、一緒に行かない?」
「行くー!! ねえねえ、美鳥も行こうよー!!」
「……あたしも?」
何故誘う、と言いたいように美鳥は亜華音に聞き返す。が、亜華音も柚季も期待の眼差しを美鳥に向けていた。
「ねえねえ、行こうよ。絶対楽しいって」
「美鳥だって、小春の彼氏気になるでしょ? ねえねえ」
いつの間にか柚季と亜華音に挟まれた美鳥は頬を両側からツンツンとつつかれていた。眉間に皺を寄せて呆れたような顔をしていた美鳥だったが、諦めたようにうな垂れた。
「わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
「わーい! やったね、柚季!」
「おう! そんじゃ、明日は『小春のデートを見学して彼氏を見ちゃおうぜ大作戦』、決行だー!」
「おー!」
両隣で盛り上がる柚季と亜華音。美鳥はどうなることやら……と思いながら苦い表情を浮かべている。
そして、翌日。
学校近くの駅で待ち合わせをしている小春は、髪をいつもとは違うハーフアップにして、花柄のシャツに水色のフリルが入ったロングスカートを穿いていた。腕時計で時間を確認しながら、小春はあたりをきょろきょろと見ている。
「……かわいいなあ、小春は」
「うん。なんか格好に気合が入ってるっていうか」
「いや、あんたらも十分気合入りすぎでしょ」
一方の亜華音たちは、そんな小春に気付かれないように陰にこそこそと隠れながら様子を見ていた。
亜華音はキャップを被り、派手な柄入りのパーカージャケットを羽織っている。その下のシャツはこれまた派手な女性の描かれたTシャツで、だぼだぼとしたジーパンを穿いていた。遠目から見たらだらしのない男の子のように見えるだろう。
その隣にいる柚季は、赤いバンダナを巻いて赤と黒のチェックのシャツを亜華音とは対照的なぴっちりしたジーパンに入れていた。こちらは俗に言うオタクのような格好をしている。
それを見ている美鳥は青いシャツに黒いミニスカートを合わせている。二人と比べて、ごく普通の出かける際の格好をしていた。そんな普通の格好をしている美鳥に対して二人の組み合わせが異質すぎて、美鳥は苦い表情を浮かべていた。
「気合じゃないわ! いい? これは、尾行よ! 気付かれたら負けなのよ?!」
「……はあ」
目を爛々と輝かせながら言う柚季を見て、呆れすぎた美鳥は何も言えなくなっていた。
そのときだった。
「隊長! 小春に近づく影が!!」
「なぬっ?!」
亜華音が小さく叫ぶと、柚季は亜華音の背後から乗りかかるように小春の方を見た。美鳥も呆れたような顔をしながらも、同じ方を向く。
「……あれが小春の彼氏か」
「お、美鳥も興味持った感じか?」
美鳥の小さな呟きを聞き逃さなかった柚季は、にやにやとしたいじわるな笑みを浮かべた。美鳥は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたが、それでも視線を小春からずらさなかった。
小春に近づくのは黒い髪を短くした、小春よりもかなり身長の高い少年。見た目から推定される年齢は亜華音たちと同じ高校一年生か、一つ上の二年生ぐらいだった。服装は薄い水色のTシャツの上に灰色のパーカーを羽織って、ジーパンを合わせていた。
「さわやか系だね。美鳥先生、いかがですか?」
「何であたしに振るのよ。でもまあ……確かにかっこいいかも」
「だよね。私もそう思うー」
へらへらと笑いながら亜華音が美鳥の言葉に同意する。
「あ、移動した!」
「よーし、追跡だー!」
「おー」
柚季が勢いよく小声で言うと、亜華音と美鳥も手を握って小さく上にあげた。完全に美鳥は二人のペースに飲み込まれていた。
小春とその彼氏は最初にショッピングモール内に入った。男性服の専門店に入り、小春が何着か彼氏に見せて楽しげに声をかける。彼氏も微笑みながら、服を見て何かを言っている。
「ねえ、これ、どうかなあ?」
「おいおい、そんなの、俺には似合わないだろ?」
「大丈夫よ? だって私が選んだ服だもの!」
「全く、小春はしょうがない子だなあ」
「……あんたら、何やってんのよ」
そんな親しげな小春と彼氏の様子を見ながら、亜華音と柚季がアテレコをしていた。その後ろから美鳥が冷め切った目をして二人に声をかける。その声は、すでに二人のペースから戦線離脱した冷ややかな声だった。
「絶対こんな会話してるよね、あの二人」
「うんうん! もうイチャイチャしまくってるじゃん! 何で小春、こういうのろけ話してくれないのかなあ」
「いや、あたしが小春の立場だったら絶対にあんたらには話さないわ」
にやにやと互いの顔を見合わせている柚季と亜華音を見ていると、話をしたときにからかわれ、いじられ、ネタにされ、と思い切り遊ばれる小春の姿が思い浮かんだ。美鳥は大きく息を吐き出し、二人の襟首を掴んだ。
「この辺いたら気付かれるわよ。はいはい、お店出まーす」
「ええー! もうちょっと見たいー!」
「美鳥のいじわるー!」
「はいはい、騒がない、騒がない」
ずるずると引きずられるように亜華音と柚季は美鳥とともに店を出る。騒がしい客が出て行く光景を、店内にいた何人かの客が不思議そうな目で見ていた。
「……ん?」
その客のうちの一人である小春の彼氏――拓海も出て行った三人の少女を見ていた。不思議そうな顔をする拓海を見て、小春が声をかけた。
「拓海、どうしたの?」
「ああ、いや。面白い人たちがいたから、気になって」
「……面白い人たち?」
小春と拓海は服を見たあと、ショッピングモール内の洋服店やアクセサリーショップ、小物店などを見回っていた。
「……なんか、仲良いんだねー」
「こんなにいちゃいちゃしてるなら、もっと学校でのろけてもらってもいいよね?」
「なんか柚季の言うことに納得しちゃってる自分が怖いわ……」
相変わらず尾行を続けている三人。亜華音は温かい目で二人を見て、柚季はむっとした様子で見ている。その二人の一歩後ろで美鳥ははあ、と大きく息を吐き出す。
「ねえ、そろそろ終わらない? 二人の邪魔するのも良くないと思うけど」
「うーん、確かにそうかも。私は小春の彼氏さん見れたから満足だし。ねえ、柚季」
「いや、まだまだよ! どんな風にいっちゃいっちゃしてるか見なくっちゃ!」
柚季は後ろに立つ美鳥と亜華音の方を振り向いた。ぎゅっと拳を握って凛々しい表情を浮かべる柚季を、二人は初めて見た。
「いい? アタシは二人の邪魔をしたいんじゃなくって、見ていたいのよ! わかる?!」
とうとう柚季は顔を亜華音と美鳥に近づけて熱く語り始めた。美鳥と亜華音は、「あっ」と同時に小さく声を上げて顔を引きつらせた。
「……うん、何を見たいの?」
「決まってるでしょ! 二人のキスシーンぐらいまでは見なくっちゃ!!」
「へえ、そうなんだ」
「……ん?」
聞こえてきた声に、柚季は疑問を持った。目の前の二人は中途半端に口を開いているが、言葉は発していない様子。では、この声は……と振り向くと、そこにはよく見慣れた姿があった。
「……小春」
にっこりと笑っている小春。しかし、その笑顔は、何故か恐ろしいものだった。
「どうして、三人揃っているのかな? しかも、亜華音も柚季も変な格好しちゃって」
声はいつもと変わらぬ穏やかなもの。それなのに、三人は全身にびりびりと走る恐怖を感じていた。
「い、いつから気付いてたの、小春?」
「拓海に言われてから。もう、恥ずかしいんだから」
「いや、おれはいいよ。小春の友だちってどんな子か気になってたし」
亜華音たち三人は小春に連れられて拓海と一緒にファミレスに入っていた。珍しく怒ったように眉をゆがめる小春の隣に、拓海がへらりと笑いながら座わっている。その向かい側に亜華音と美鳥と柚季が肩を縮めるように座っていた。
「あ、始めまして! 小春の友人の、久村柚季です!」
「ちょっと、柚季?!」
開き直ったように挨拶を始める柚季を見て、小春が戸惑ったように声を上げる。それを見た亜華音も「はいっ」と手をあげた。
「同じく友人の、千条亜華音です! よろしくお願いします、拓海さん!」
「うん、よろしくー」
「ちょっと亜華音まで?! 拓海もよろしく、じゃない!」
顔を真っ赤にさせて怒る小春を、美鳥は驚いたような表情で見ていた。普段は自分が声を上げて亜華音や柚季にツッコミを入れて小春がそれをやんわりと止める。しかし、今の小春は普段の美鳥のように怒っているようだった。ぼんやりと小春を見ていると、美鳥は視線を感じた。拓海が、微笑みながら美鳥を見ている。
「それで、君は?」
「……佐木、美鳥」
軽い男って感じがする。そんなあまりよろしくない印象を抱きながら、美鳥は少しふてぶてしく自己紹介をした。
「……はあ。ねえ、もう満足したでしょ、さんざん人を追いかけたんだから。だから、もう帰ってくれないかな」
疲れたように小春は肩を落とした。まだ、顔や耳は真っ赤なままである。そんな小春を見て、柚季はにやりと笑った。
「いや、まだ満足しませんよ。だって、メインイベント見てないもん」
「メインイベント?」
柚季の言葉に、拓海が興味を示したように身を乗り出した。小春ははっと顔をあげて、柚季の口から出る言葉をかき消そうとした。
「デートのメインイベントのキスを」
「わー!!」
「……え、よく聞こえなかったんだけど?」
「あ、キスって言ったんですよ」
「亜華音?!」
この会話、わずか数十秒の間に交わされたものである。柚季の声を封じることはできたが、素直に答える亜華音の口までを封じることができなかった小春は亜華音を大きく開いた目で見た。美鳥は、同情の目で小春を見ていた。
「へえ、キス? なんか、古い少女漫画みたいな発想だねえ」
「もう気にしないで。そして今すぐ帰って、お願いだから」
にこにこと笑う拓海に対して、小春は顔を両手で覆って泣きそうな声で呟いた。
「小春、そんな嫌そうにするなよ。ほら、顔見せろって」
拓海が優しく言うと、小春は手を顔から放す。
直後、亜華音たちの視界から小春の顔が消える。代わりに、拓海の後頭部が目に入った。まさか、と美鳥が呟いた。柚季の顔は真っ赤に染まっていた。亜華音は、大きく目を開いていた。
「……なんで?!」
拓海が小春の顔から離れると、小春は大きな声で叫んだ。一瞬、他の客の視線が亜華音たちのテーブルに集中した。
「何でって、見たい、って言われたから」
「だからって!」
「ごちそうさまでした!! 帰るわよ、二人とも!!」
美鳥はがばっと立ち上がって、呆然とする亜華音と柚季を引っ張るようにその場を去った。ばたばたと慌しく去る三人を見ながら、拓海は笑っている。
「美鳥ちゃん、『ごちそうさま』って言ったね」
「……悪乗りしないでよ」
それからしばらく、亜華音と柚季が小春の彼氏の話をしなくなったのは言うまでも無い。
「生の恋愛ってすごいですね、時雨さん」
「……何の話?」