それは、四月のはじめ。
「はじめまして。わたしは学園自治組織の、崎森芳夜といいます」
その日は暁翔学園の入学式。体育館には入学したばかりの一年生と、在校生の二、三年生の全校生徒が揃っていた。
「きっとこの学校に来て、はじめて『学園自治組織』という単語を聞いたことでしょう」
体育館のステージに立つのは、茶色い短髪で眼帯をした三年生――崎森芳夜。緊張しきった表情の一年生たちをステージから見て、芳夜はにこりと微笑む。
「簡単に言えば、中学校の時にあった生徒会と同じようなものです。ですが、少し一般生徒と違う特権をもっています。それについては、後で配布される資料を見てください」
芳夜があっさりと言うと、後ろに立っていた同じ学園自治組織の生徒が驚いたような顔をした。本来なら詳しく学園自治組織について説明をするはずが、芳夜はたった一言で片づけてしまった。そのことに対して、驚いた顔をした生徒が芳夜の後ろに向かって歩き、肩をぽん、と一回叩いた。
「自分に与えられた仕事をしろ、芳夜。何のためにここに立っている」
「わかっているよ、透。そんなに怖い顔をしないでくれ」
芳夜はマイクを離し、少し苦笑いを浮かべて言った。芳夜を睨む生徒――真木田透は表情をそのままで、後ろに下がった。
「組織、とは言ってもメンバーはそんなにいません。生徒会と違って、学園自治組織は行事の運営を行うわけではありません。行事に関しては、行事ごとに委員会があって、その委員会が中心になっていきます」
やっと説明したか、と透は安心したように小さく息を吐き出した。芳夜は話に乗り気でなければ短く済ませようとするし、乗り気になれば長々と話す。後者の場合は、途中で切るタイミングを間違えれば芳夜の機嫌を損ねるが、透としてはそのことはどうでもいい要素である。
「立場的には生徒会みたいなものですが、仕事としては風紀委員会のようなことをしています。行事の時も中心にはなりませんが、その内容がこの暁翔学園にふさわしいかどうか判断するのは、わたしたちです。あとは……」
芳夜は後ろを見て、「ああ」と思い出したかのような声を出した。
「それでは現在の自治組織のメンバーを紹介します。後ろにいる彼女は、二年の真木田透さんです。透、挨拶」
そう言って、芳夜はマイクを透に渡す。自分が自己紹介することを想定していなかったのか、透はマイクを切り、不満を芳夜に言った。
「私がする必要はあるのか」
「きみも学園自治組織の一人だろう。ちゃんと新入生に挨拶することも自治組織としての仕事だと思うけど?」
先ほどの反撃、と言うように芳夜はにっこりと笑った。何も反論できない透はステージの中央に立ち、マイクのスイッチを入れた。
「学園自治組織の、真木田透です。規則をしっかりと守り、よい学園生活にしていきましょう。よろしくお願いします」
淡々と、透は挨拶をした。挨拶、というよりは決まりきった台詞を棒読みした、というような言い方が似合うものだったが。しかし、それでも満足した芳夜はうんうん、と頷いて拍手をした。その拍手を受け、体育館は全校生徒の大きな拍手で包まれた。
「自治組織って何か不思議な感じだよねー」
「結局何するところなんだろ?」
「ねえねえ、崎森先輩かっこよくなかった?」
「真木田先輩、素敵だわ! あんなかっこいい先輩、はじめて見たー!」
入学式を終えた一年生たちは、雑談を交えながら教室へと向かう。まだ出会って間もない学生たちは、その場になじもうと何気ない会話をしていた。
騒がしい廊下を、スキップするような軽やかな足取りで歩く一年生がいた。茶髪の短い髪を揺らし、鼻歌まで歌っていた。誰かと話しているわけではないが、彼女はやけに幸せそうな顔をしている。彼女の名は、千条亜華音。
「ねえねえ」
そんな亜華音に声をかけたのは、染めて少し明るくなった茶髪の女子生徒。前髪をピンでとめている女子生徒の顔を、亜華音は幸せな顔のままで振り向いて見た。
「やけに楽しそうだけど、どうしたの?」
「いやあ、やっとこの学校に入学できて、嬉しいなあって思って」
「そういえば、昨日の入寮式からテンション高めだったよね」
「え? そんなに私、目立ってた?」
ぱちぱちと亜華音は瞬きをしながら女子生徒の言葉に首を傾げた。女子生徒はくすりと笑いながら「かなりね」と答えた。
「千条亜華音、だよね? 同じクラスの」
「うん。えっと……」
亜華音は女子生徒を見て必死で名前を思い出そうとしたが、思い出すことができなかった。同じクラスにいた気はするが、入学することの嬉しさであたりを見ていなかった。
「ごめん、私……、人の顔と名前一致させるのが苦手で……」
「いいよ、まだ入学式で名前呼ばれただけだし。あたしは、佐木美鳥」
目を細めて笑う女子生徒――佐木美鳥をみて亜華音はぱあっと顔を輝かせた。
「そうだ! 出席番号、私の前!」
「そうそう。だから声かけてみたの」
「よく周り見てるんだ。すごいね、佐木さん!」
「いいよ、美鳥で」
美鳥が言うと、亜華音は一瞬何を言われたかわからず、ぱちぱちと瞬きをした。
「名字で呼ばれるの、苦手なの。だから、名前で呼んで」
「じゃあ、美鳥ちゃん」
「ちゃん付けもパスで。あたしのキャラっぽくないから。あたしもさ、亜華音って呼んでいい?」
「もちろん!」
にっ、と歯を見せて亜華音は美鳥に返事をした。美鳥もにっこりと笑って「じゃ、よろしく」と亜華音に言った。
「亜華音ってこの辺が地元?」
「うん。美鳥は? どこの中学校?」
「多分言ってもわかんないよ。ここから二時間ぐらいかかるところだから」
亜華音は驚いたように「二時間?!」と大声を上げた。一瞬あたりの一年生たちが亜華音と美鳥のほうを見て、その視線を受けた美鳥が顔を赤らめた。
「ちょ、亜華音! 声大きすぎ!」
「ああ、ごめんごめん……」
そうこうしている間に、二人は自分たちの教室にたどり着いた。入学直後の席は出席番号の順番どおりで、亜華音の席の前に美鳥が座った。
「亜華音ってどうして地元なのにこの学校にしたの? 通いのほうが楽じゃない?」
「あれ、美鳥知らない? この学校の有名な噂」
「噂?」
人差し指を立てながら誇らしげな顔をする亜華音を見て、美鳥は不思議そうな顔を浮かべる。それから少し考えて、「あ」と声を上げた。
「もしかして、『図書室の亡霊』?」
「いえす! その通り!」
「……亜華音って、もしかしてそういうオカルト好きな人?」
若干引き気味な美鳥の声を聞いて、亜華音は慌てて首を振った。
「そういうのじゃなくて、私は普通じゃないことを探しに来たの!」
「普通じゃないこと?」
「うん。だから、噂が有名なここに来たの。本当はね、地元にある中学校で鳴らないはずの時計塔の鐘がなるっていうのもあったけど、それのためだけに知らない学校行くのもためらってさー」
やはり亜華音=オカルト好きというイメージが払拭できない美鳥は、亜華音の話を「ふーん……?」と軽く流し気味で聞いていた。そのとき、亜華音が美鳥の手を取り、キラキラした瞳で美鳥に言った。
「ねえ、美鳥! 今度一緒に、『図書室の亡霊』を見に行こうよ!」
「……へ?」
「きっとさ、美鳥も一緒に『脱、平凡!』ができると思うよ!」
「だつ、へいぼん?」
わけがわからない、という美鳥を気にせず、亜華音は強く頷いた。
これから一ヶ月ほどあと、亜華音が『図書室の亡霊』と会うのはまた別の話。