ここは小さな町の小さな郵便局 何処にでもあるごくごく普通な郵便局
「・・・はぁ・・・つかれた・・・」
そう呟く少年の名は川野。肩を超す長い髪を青いゴムでまとめて結び、すっぽりと帽子をかぶっている。
そして、彼の帽子には大きなバッチがついている。白い丸の中に、赤い郵便局のマーク。ただし、逆さま。
川野少年は肩から大きなショルダーバッグをかけている。もちろん、それも郵便局のものである。
「寒い時期に限って、郵便物多いってどういう事だよ・・・」
はぁ、と川野少年がため息をつくと息が白く染まる。そして、バッグから手紙を取り出す。
「次は、えーっと・・・川上さん。」
にゃあ 猫の鳴き声。ちりん 鈴の音。
「・・・と?」
その時、一人の少女が川野少年の目に入った。年齢は4歳ぐらいだろうか、家の前にちょこんと座っている。その隣には、白い猫が一匹。
「ん?」
「・・・おにいちゃん、ゆうびんさん?」
少女は川野少年の目を見るように顔を上げた。川野少年は、しゃがみこんで少女と目を合わせる。
「うん、郵便屋さんだよ。」
「おてがみはこんでくれるよね?」
「もちろん。」
にっと、川野少年は少女に笑いかけた。少女は「じゃあっ」と川野少年に持っていた手紙を見せる。
「これっ、とどけてくれる?」
不安げに、少女が尋ねた。少しでも触れたら割れそうな水風船、川野少年は少女の瞳からそれを連想した。
手紙のあて先は「ゆぅちゃん」となっている。子供らしい、少し拙い字。「ん」の字が鏡を反転したような文字になっている。
「ゆぅちゃん、とおくにいって、あえないってママにいわれたの。だから、おてがみとどけたいの!」
そして、切手も住所も書かれていない。川野少年はその手紙と、少女を見た。
「任せろ、俺に届けられないもんはねぇ。」
そう言うと、少女の顔は明るくなった。そして「ありがとう!」といって家の中に入った。その時、少女の傍にいた白い猫が「にゃあ」と鳴いた。
「お前も届けて欲しいもんがあんのか?」
川野少年がそう言うと、猫は自分の首輪をがりがりと掻いた。その行動から、この首輪を届けて欲しいのだろう、と思った川野少年は猫の首輪を外した。
「わかったわかった、外してやるよ。」
ピンク色の首輪。銀色の小さな鈴がついている。白い猫はまた「にゃあ」と鳴いてどこかへ去った。
***
「・・・何それ、川野?」
郵便局に戻った川野少年のもとに現れたのは、郵便局のマークが入ったピンをつけた短髪の星本少女だった。
「手紙。と、首輪。」
「わかるわよ、それくらい。何で、そんなのがここにあるのよ?」
星本少女に聞かれて、川野少年は小さくため息をつきながら言う。
「そりゃ、受け取ったからだよ。受け取ったから、ここにある。」
「はぁ・・・でも、それって子供のお遊びの・・・」
「なーにやってんだ、バイト諸君?」
川野少年と星本少女に声をかけたのは2人の先輩、桜木。短髪に、銀縁の丸いフレームの眼鏡をかけている。
「あ、桜木先輩ー聞いてくださいよー。まぁた川野がー・・・」
「んー?何だ?仕分け間違えたか?いや、仕分け間違えるどうこうの前に、『田中』『山田』『佐藤』で分けるからな・・・」
「『山田』じゃなくって『鈴木』です!そうじゃなくってこれですよ。」
川野少年は桜木に少女から受け取った手紙を見せた。桜木は眼鏡を少し動かしながらその手紙をじっくりと見る。
「・・・はぁー、手紙だねぇ。」
「どうすんのよ、これ勝手に届ける訳には行かないでしょ。」
「しかも、あて先も『ゆぅちゃ』・・・『ん』、か。どうやって届けるつもりか?」
にこりと微笑みながら、桜木が川野少年に尋ねる。川野少年は暫く無言でその手紙を見つめた。
「大丈夫っす、バイトの途中で届けます。」
「よし。じゃあ、任せるよ。」
そう言って、桜木は大きな配達用のバッグを肩にかけて、郵便局を出た。その場には川野少年と星本少女が残る。
「って、どうするのよ?その手紙。」
「・・・どうしようか。多分、この『ゆぅちゃん』って引っ越したんだと思う。遠くに行ってもう会えないって言われたらしいから」
「はぁ・・・仕方ないわね」
星本少女が大きくため息をついた。
「市役所で調べといてあげるわ、最近引っ越した子どもについて」
「おー、頼むわー。じゃあ、わかったら連絡してくれ。」
「はいはい。私、これで終わりだから。じゃあね。」
星本少女は川野少年に手をふって郵便局を出た。
***
「ゆうびんさん!ゆぅちゃんにおてがみとどけてくれた?!」
配達中に、川野少年は昨日手紙を渡された少女に出会った。瞳を輝かせて、少女は川野少年を見上げる。今日は隣に猫がいないようだ。
「あ・・・ま、まだなんだ・・・。他のお手紙もあってな。」
「ふぅん・・・」
少し悲しげな顔をして、少女は俯いた。川野少年はしゃがんで少女と視線を合わせる。
「なあ、ママに頼んでお手紙出しちゃ駄目なのか?」
「だって、ゆぅちゃんはもうあえないからだめって。」
「もう、あえない?」
「うん。もう、あえないからおてがみもむりだって。だから、わたし、ゆうびんさんにたのんだの!」
少女は「ぜったいとどけてね!ぜったいね!」と言って公園へと走っていった。川野少年は、それをただ見つめるしか出来なかった。
『最近引っ越した家はないんだって。過去に引っ越した家でも『ゆう』とか『ゆ』ではじまる名前の子、名字の子は居なかったの。』
夜に、星本少女からその様な連絡が川野少年のもとに入った。つまり、『ゆぅちゃん』は引っ越した友人ではないようだ。
「・・・困ったな。」
川野少年はポケットから手紙を出して呟いた。公園からは先ほどの少女や別の少年少女の笑い声や遊ぶ声が聞こえている。
「仕方ない」
そう言って、川野少年は手紙の裏を見た。封はしておらず、簡単に中身を見る事が出来た。
ゆぅちゃんへ
ママがとおくにいったっていってたから、おてがみをかきました
げんきですか ありさわげんきだよ
あえなくて、すごくかなしいです よるひとりでねるのがかなしいよ
ゆぅちゃんといっしょにねたらさみしくないのにすごくさみしいです
ゆぅちゃんのたいせつなものもなくなってかなしいです
ぴんくのくびわわみつかりましたか
いま、げんきですか おともだちわいっぱいいますか あたらしいのわありますか
またあいたいです
ありさより
「・・・あ」
川野少年は手紙と一緒に受け取った首輪を見た。ちりん、と鈴が鳴る。
公園の方を見ると、少女が楽しそうに砂場で遊んでいる。その隣には、白い猫がいる。猫が、一瞬川野少年のほうを見た。
「・・・そうか」
そう言って、川野少年は走り出した。最初に少女と出会った場所へ。
***
「・・・そうですか、ありさがこれを・・・」
ありさの母親が困ったような顔をして、その手紙を見た。川野少年の帽子についている郵便局のマークが珍しく正しい方向を向いている。
「はい。届けて欲しいと」
「ごめんなさいね・・・わざわざ受け取ってくれて」
「・・・すみません、勝手に中を見てしまいました。」
川野少年がそう言うと、ありさの母親は静かに笑った。「わざわざ、届けてくれようとしたのね」と優しい言葉が川野少年の耳に届いた。
「・・・そう・・・。じゃあ、ユゥのこと、わかりましたよね?」
「・・・亡くなった、猫・・・ですよね?」
それを聞いて、ありさの母親すこし驚いたような顔をした。
「どうして猫って・・・」
「あと、これをお届けしようと思ったんです」
川野少年は首輪をありさの母親に手渡した。「え、」と、ありさの母親が言った。
「これ・・・ユゥの・・・」
「あと、ありさちゃんに伝えてください。」
ユゥちゃんは、傍にいるって。
川野少年は深く礼をして、ありさの家を去った。ありさの母親は少しだけ、悲しそうな顔をして首輪を見た。
「・・・そうね。」
ちゃんと、本当の事を話さなきゃ。首輪の鈴がちりんと音を立てた。
***
ありさの家を去った川野少年は公園を見た。まだ、ありさは友達たちと一緒に遊んでいるようだ。
その隣には、白い猫がいる。川野少年のほうを見て「にゃあ」と鳴いた。
川野少年は帽子を外して、郵便局のマークをまた、さかさまにした。
END