ここは小さな町の小さな郵便局 何処にでもあるごくごく普通な郵便局

「……まずい」

 誰もいない作業室で大島はぽつりと呟いた。そう、現在作業室にいるのは大島ただ一人なのだ。普段なら広重か桜木が仕分けをしている時間帯なのだが、二人とも今日はいない。

「まさか広重くんまでこれなくなるとは思わなかった……」

 突然広重から来た連絡は「風邪をこじらせたので出られない」というもの。桜木も先日からインフルエンザにかかってしまった為、しばらく郵便局にはきていない。

「しかも学校はどこも閉鎖で、バイトの二人組も出てもらえないし……困ったなあ」

 冬場になるとこの小さな町では風邪やインフルエンザが流行しやすいのだ。特に学校は閉鎖しやすく、川野少年や星本少女の通う学校も例外ではない。それでも手紙はポストに入るし、配達物もある。

 大島は深くため息をついて、ちらりとある扉を見る。休憩室、とプレートが下がっているそこには桜木や広重以外の局員がいる。大島は覚悟を決めた様子で、その扉をノックした。

「原崎くん、いる?」

 しかし、中に彼が――原崎がいることは大島も承知している。逆に、原崎がいないことのほうが少ないと思われるぐらい、彼はずっとこの部屋にいるのだ。きっと、寝ているのだろう。ノックをしたものの、反応はない。

「原崎くん、入るよ」

 大島は扉を開いて、部屋の中を見る。ソファーに仰向けに横たわって、顔には雑誌を開いて乗せている。読んでいる間に寝たのか、アイマスク代わりにしているのか、それともその両方なのかもしれない。どれも当てはまりそうだ、と大島は困ったような顔を浮べた。

「おーい、起きてる?」

 大島の言葉に返事はない。あまり暖かくない休憩室に長い間いた為、もしかして……と心配したが、原崎の胸は呼吸をしている証拠を示すかのように上下していた。

「完全熟睡か……原崎くん、起きて起きて」

「うう……」

 大島が体を揺らすと原崎は小さくうなされた。顔に乗せてある本を近くの机に置いて、大島は声をかけ続ける。

「ほら、起きる起きる。仕事だよ、仕事」

「うー……?」

「今ね、僕と君しかいないの。だから、君に窓口頼みたいんだ」

「うぅん……?」

 本当は自分が窓口が一番安心なのだけれど、と大島は内心思う。しかし、原崎を配達に行かせたら帰ってこない事があるのだ。以前彼が配達に行った時は、配達自体は終わっていたものの何故か銀チョコパンを一個握り絞めていた。普段なら配達に出たら二時間程度で帰ってくるルートを、空が真っ暗になる手前になるまで歩いていたらしい。一体、どういう事をすればそうなるのだろうか。

「頼める?」

「はぁ……」

 あくびかどうかわからないような原崎の返事に大島の不安は大きくなった。原崎の体を起こして、大島はもう一度言った。

「いい、窓口頼むからね?」

「はい……わっりました……」

 原崎はそう言うと大きくあくびをして、首を左右に動かした。その姿を見て大島は少しだけ安心を覚えた。しかし以前不安は大きい。

 それから配達の準備をした大島は、窓口に座る原崎を見た。頬杖をついてぼんやりとしていて、対応が出来そうな気がしない。しかし、風邪やインフルエンザが流行している時はほとんど郵便局にくる人は居ないことを大島は知っている。

「それじゃあ、原崎くん。後は任せるね」

「はーい」

 聞いたらがくりと転びそうになるようなやる気の無い声を背中に受けて大島は郵便局を出た。

***

 窓口は暖かく、眠るには最適な温度を保っていた。元々眠気が襲ってきていた原崎にとっては眠るにはもってこいの状況である。頬杖ついていた手から顔が少しずつずれていき、最終的には窓口に突っ伏せて眠ってしまった。

 外は、雨。大雨ではないが、しとしとと静かに水が落ちてきて、冬の寒さに拍車をかけていた。

 からん、からん。

 郵便局の扉が開かれ、鈴の鳴る音。しかし、原崎は窓口に突っ伏せたまま。

「…………、寝てるの、かな……」

 小さく呟く声。それでも、原崎は窓口に突っ伏せたまま。

 しばらく沈黙が続く。時折、歩く音がするが、それでも原崎は顔を上げようとはしなかった。

 からん、からん。

 そして、郵便局にはまた原崎だけになった。

 数分後、原崎は顔を上げてぼんやりと天井を見つめていた。そして、床を見ると何かが落ちているのに気付いた。原崎は立ち上がり、その落ちている何かを窓口に置いて、それからまた、眠りについた。

***

「……手紙?」

 翌日。学校の閉鎖も解除された川野と星本、無事に体調を治した桜木と広重は困った顔を浮べる大島の机に集まっていた。

 机の上には一枚の封筒。白いシンプルなもので宛て先も送り主もなく、封もされていなかった。

「そう。昨日僕が配達に行ってる間に誰かが来たらしいけど、原崎くん何にも言わなくてね……」

 どうしたものか、と大島はため息をつく。その封筒をひょいと川野が手に取る。

「何か、直接渡そうとした感じっすね」

「確かにそんな感じだな」

「と、言う事は……郵便局の誰かに渡そうとしたって事ですか?」

 星本が尋ねると桜木が「多分そうだろうね」と眼鏡の位置を少し変えながら答える。すると川野が小さく微笑む。

「これ、中身見ませんか?」

「え」

 一同が川野の発言に驚きを隠せない反応をした。

「だって、誰に宛てたものかわからないじゃないですか。中に、誰宛てか書いてるかも知れないし」

「まあ、それもそうだけど……どうします、局長?」

 広重に尋ねられた大島はうーんと唸って、封筒を見る。確かに封もされていないから、中身を見たとしてもまた元に戻せばいいだけだ。そう考えていると、桜木が封筒を川野から受け取り大島に訊く。

「そういえば、これ、どこにあったんですか?」

「原崎くんが寝ているすぐそばだったよ」

「じゃあ、原崎さん宛てかもしれないなあ……」

「仕方ない、その手紙の中身を見よう」

 そう言った大島に桜木は封筒を渡す。そして、大島は息を大きく吐いて封筒を開け、中の手紙を取り出した。封筒と同じくシンプルな白い便せんが一枚入っていた。

「じゃあ、あけます」

 一同がごくり、と固唾を飲む。大島が手紙をゆっくりと開くと、そこにはたった一行、言葉が記されていた。

 

『ずっと、好きでした』

 

 沈黙。そして、星本が「これって……」と小さく零した。

「これって……ラブレター……」

 もちろんそれは他四人の男性陣が考えたものと同じだった。

 つまり、手紙は原崎のすぐそばにあって、その中身はラブレターで、と、言う事は、

「原崎さん宛てのラブレター?!」

 声を上げたのは星本。一同は一斉に休憩室の扉を見る。あの中で、原崎はいつもと変わらないように眠っているのだ。

「ま、まさ……か」

「いや、広重。ありえない話じゃない。原崎さんはそんなに顔も悪くないし」

「いやいやいやいやいや! 俺ですら貰った事ないラブレターを原崎さんが貰うか!?」

 軽く自分の悲しい過去を暴露しつつ、広重は必死に否定をする。しかし、桜木が肩にぽんと手を置くと諦めたように広重は下を向いた。バイト二人組もおろおろと手紙と休憩室の扉を見比べていた。

「みみみみっ、みんな、おおおおおっ、お、落ち着こう、じゃ、じゃない、っか」

「局長が一番落ち着いてください」

 桜木の言う通り、一番動揺していたのは大島だった。手紙を持つ手も震えていたため、桜木がそっと手紙を取って封筒にしまった。

「そ、それで、その手紙どうするんですか? 原崎さんに渡すんですか?」

「そうするしかないね。原崎さん宛ての可能性は高いわけだし」

 と、言っていると休憩室の扉が開いて、寝起きを主張するような顔の原崎が出てきた。

「あ、原崎さん!」

「やけに……にぎやかだなぁ……」

 あくびをしながら言う原崎を大島は慌てたように震えながら見て、川野も星本も広重も動揺を隠せない様子だった。そんな中唯一冷静を保って居たのは手紙を持っている桜木だけで、すたすたと原崎のもとに寄った。

「実は昨日の手紙のことで盛り上がってたんですよ」

「手紙……?」

 ぼんやりとした瞳で原崎は桜木が持っている手紙を見た。

「この手紙、原崎さん宛てですよ。だから、ちょうど原崎さんに渡そうと思って」

「ふーん……」

 原崎は桜木から手紙を受け取り、そしておもむろに中身を取り出した。その様子を見て「あっ?!」と川野と広重が声を上げる。中身を開いて原崎はじっと便せんを見つめていた。再び、沈黙。

「……わかった」

 え? と、その場に居た原崎以外のみんなが疑問符を浮べた。何についてわかったのか、誰もわかっていない。原崎はふあ、とあくびをして配達用の鞄を肩にかけ、それから仕分けを終えた手紙を鞄の中に入れた。

「配達、行ってきます」

「あ、うん……行ってらっしゃい……」

 原崎が出て行った扉を一同はぼんやりと見つめた。原崎が自主的に手紙の配達に行くことなんて希にしかないからだ。

「それで……、結局原崎先輩、何がわかったんですか?」

 そんな川野の問いに答えられるものは誰も居なかった。

***

 引越しの準備が着々と進む家を見て、少女はため息をついた。冬の冷たい風に、彼女の長い黒髪はさらさらと揺れる。彼女の瞳は家を見つめているのだが、どこか遠くを見ているようだった。

「何で手紙、落としたんだろう……」

 家から引越し業者が出たり入ったりを繰り返している。彼女の両親は業者と何か話をしていて、少女はただ疲れたように家を見つめている。家に愛着がすごくあったわけではない。ただ、彼女は一つのことを忘れようとしているのだ。

「もういいや。落としちゃったなら、それで良いんだ……」

 それから彼女は視線を家から歩道に変えると、一人の郵便局員が配達の鞄を肩に下げて歩いている姿が見えた。その局員に、彼女は見覚えがあった。

「昨日、寝てた人だ」

 特徴的なぼさぼさの頭はそのままで、彼は手紙を一軒一軒届けていた。そして、彼女の家の前に着くと、彼女のそばに立って引越しの準備が進んでいる様子を眠そうな瞳で見つめていた。

「……何か、御用ですか?」

 少女が尋ねると局員はゆっくりと少女のほうを見た。鞄の中から、白い封筒を取り出す。

「それ……私の……!」

 局員はこくりと頷いて封筒を彼女に向けた。彼女がその封筒を受け取ると、局員は言葉を発した。

「言葉は、」

「え?」

「言葉は、すぐに言わないと伝わらない」

 その言葉はやけにはっきりと少女の耳に届いた。局員はそれから何事も無かったかの様に配達を続けた。少女はただ、去り行く局員の姿を見て、それから封筒をギュッと握り締めた。

「……!」

 局員と反対方向を向いて、少女は走り出した。

***

「ただいま」

 珍しい! と、大島は感動していた。原崎がまさかすぐに帰ってくるとは思っていなかったからである。しかも、ちゃんと配達もしてくれていて、大島の感動はさらに増える。一方、手紙の行方を心配していた川野たちはすぐに原崎のもとに駆け寄った。

「原崎先輩! わかったって、結局何がわかったんですか?!」

「もしかして、あの告白受けちゃうんですか?!」

「まさか、原崎さん手紙の主知ってたとか?」

「それで、手紙は?」

 川野、星本、広重、桜木が一斉に原崎に尋ねる。原崎はしばらく黙っていたが、「あ」と突然声をあげた。

「なくした」

「……え?」

「まあ、貰ったからいっか」

 それだけ行って、原崎は鞄を元の位置に直して、再び休憩室へと入って行った。何をなくしたか、それは言われなくてもわかっていた。

「……結局、どうだったんですか……?」

 そんな川野の問いに答えられるものは誰も居なかった。

 

 

BACK