それいけオカルト研究会!×葬儀屋

「独りきりのお茶会」

 

 たまたま気が向いて、珍しくティラミスを作って、ついでとばかりにコーヒーを淹れて、一息つこうと思ったその日その瞬間に限って、二度と会いたくなかった人間に遭ってしまうのはなぜだろう――と、月読夜維斗は眼に見えない星回りとやらを強く怨んだ。

 一人分のティラミスとコーヒーが並んだテーブルを挟んで、人形のような喪服の優男が立っている。いつの間に現れたのかなどと、そんなことを死者に問うのは野暮というものだろう。

 夜維斗が口を開くより早く、常磐がにっこりと笑みを浮かべた。ともすれば生者と錯覚してしまいそうな、ごく当たり前の表情だった。

「このたびはお疲れさまでした」

 コーヒーが湯気を上げている。冷めてしまう、と日常的な懸念がよぎったが、手は動かなかった。

「……どういうつもりだ」

「捜査協力に感謝、といったところですね」

 夜維斗が黙って見返すと、常磐はその意図を見透かしたかのように、肩を竦めてみせた。流れるような仕草のひとつひとつが、決められた台本の上を滑っている。夜維斗はそれを、ぼんやりと追っている。もしかしたら自分もその台本の一部なのではないか、と錯覚する。

 常磐がテーブルの上に眼を留めた。

「美味しそうですね。手作りですか?」

「まあ、それは、一応。……すみません」

「ああ、僕のことなら特にお構いなく」

 構いたくても構えない、という言葉が喉まで出たが呑みこんだ。この男を相手に突っ込みを入れるのは得策ではないだろう、という本能。だがそもそも、一方的に押しかけてきた死者をもてなせというほうが物理的に無理な相談なのだ。

 一方的に押しかけて、――なにを、しにきたのだろう。

「今日はなんの用だよ」

「言ったでしょう、『捜査協力に感謝』ですよ。先日の一件に片をつけることができたのは、貴方のおかげですからね」

 なんとか絞りだした言葉に、常磐は当然と言わんばかりの穏やかな微笑で応じてきた。

 ――捜査協力。

 先日里佳と光貴に連行された、あの幽霊屋敷を思い出した。荒廃したあの建物にはなにが棲んでいて、あのときいったいなにが起こっていたのか。気にならないといえば嘘になるが、関わるべきではないものだということは、紅眼の死者に牽制されるまでもなく、本能的に理解してもいた。ただ生者の立場から確かなのは、あのあと、あの屋敷からは幽霊話がぱたりと途絶えてしまったということであり、また里佳がいささか不機嫌になったということだけだった。

 けれど、と思う。

 そんなことは、「葬儀屋」にとっては日常茶飯事ではないのか。現世に留まる魂を、在るべきところに還すのが仕事であるという以上。

「……暇人でもないくせに」

「現場に居ることは少ないですね」

 探りを入れる独り言も涼しい顔で返される。予想していた通りの声色だった。

「そんな立場の人がなんで俺のところに」

「挨拶というのは」

 夜維斗の言葉を遮って、常磐は人差し指を一本立てた。思わず指先を凝視する。ピアノの似合いそうな指だった。

 微笑が少し、謎めいた影を帯びた。

「『そんな立場』の人間が行うものです」

 夜維斗は意識的に、瞬きをした。そして意図的に視線を逸らし、テーブルの上を見る。並んだ食器は、相変わらず一人前だけだ。コーヒーを追加で淹れることも、ティラミスをもう一人分用意することもしない。というより、用意したところで意味がない。生者の触れられるものに、死者が触れられるはずはないのだから。それとも、ご飯を山盛りによそって箸を突き立てるくらいのユーモアを見せれば良かったのだろうか。

 思い出したように、スプーンでティラミスをすくった。

「それにしても」

 コーヒーパウダーがはらはらと散る。顔を上げると、常磐が人形めいた双眸でこちらを見下ろしていた。口許には愉しげな笑みが浮かんでいる。

「……貴方はなぜ椎名の刀を触ることができたのでしょうね」

「え?」

「そのように聞いていますよ」

 ――お前、何した。

 呆然と尋ねる椎名の声が蘇る。

 あのとき夜維斗は、――そうだ。このスプーンを持つような自然さで、椎名の手を離れた日本刀を手にしたのだ。

 スプーンを置いた。かちゃりと澄んだ音がした。

「椎名自体が異端のようなものですからね、そもそもあの刀自体が異常だったのか、それとも貴方になんらかの原因があるのか、あるいはあの場だったからこその現象だったのか……」

 言葉が転がる。夜維斗はそれを聞いている。独り言なのか、それとも反応を求めているのか、いずれとも判断がつかなかった。

「興味深いものではありませんか」

 言って、常磐はまたにこりと笑った。

 怖い、と、反射的にそんな感覚が這いのぼる。

 背筋がざわついた気がした。

「――夜維斗ー!」

 里佳の声で、急激に日常に引き戻される。玄関扉を見た瞬間、緊張が緩んだのを感じた。ドアチャイムもノックもなく、半ば強引に割りこんでくる訪問者たちは、健全な日常生活の証明だ。――それはそれで不本意だが。

「今日も良い感じの幽霊屋敷見つけてきてやったわよー! また今日も良い感じにオカルト日和だし!」

「リベンジってやつだな」

「そうそう、オカルト日和にリベンジよ!」

「……頼むから日本語で喋れ……」

 反射的に呟いたとき、常磐と眼が合った。

 喪服の死者は、眼を細めて小さく笑う。この展開をも見透かしていたようだというと、勘繰りすぎだろうか。

「では」

 瞬きのあとには、常磐の姿は掻き消えるように見えなくなっていた。

 二度目の瞬きと同時に、無意識のうちに額を拭っていた。――ああ、去る前に挨拶をするだけの常識人ではあるのか。

 三度瞬きをして室内に異常のないことを確認してから、夜維斗は玄関へ向かう。自分の生きる世界はこちら側だと、確認するかのように。

 ティラミスは三人で食べるのに足りるだろうかと、ドアを開ける直前それだけを心配した。

 

「お帰り」

 ゆるりと眼を開けると、狭霧が笑顔で出迎えた。

「どうだった?」

「まあ、予想通りといったところですね」

 いつもの席に座り、常磐も笑顔で応じる。デスクの上には、現世に出かける前にはなかった報告書が積まれていた。この乱雑な重ねかたは椎名に違いない。狭霧もわざと直さなかったのだろう。常磐の外出時を狙ってやってきたのか、それともたまたまそうなってしまったのかは判断がつかなかった。

 書類の端をデスクに打ちつけて揃える。

「……彼の周りにはいろいろと集まってきそうですから、しばらくは観察させていただきましょう」

 報告がてら短く呟くと、狭霧が降り返って苦笑した。

「そんなことばっかり言ってるから性格悪いって言われるのよ」

 窘める相棒には微笑で応える。否定の必要は感じない。言葉を受けとめる代わりに、独り言めかした問いを投げた。

「さて、彼はどちら側の人間なのでしょうね」

 

淡色綺譚 awa iro ki tan』の斜芭萌葱さまからいただきました、オカ研と葬儀屋シリーズのコラボ小説です!

前回お贈りした『重ならない、黒い色』の御礼、後日談というわけで桃月がラブコールを送りまくっている常磐さんが最初から最後まで出続けております!!

まず一言言いたいのは、月読場所変われ。私も常磐さんと一緒に(ではないけど)お茶したい!! 常磐さんのためにティラミス作るから来てほしい!

常磐さんに観察されている月読がうらやましくてうらやましくてしょうがないです。

そして月読がオシャレにティラミス作ったり、常磐さんに絡まれながら恐怖を覚えていたり、里佳様たちが来たときにティラミスの心配をするなど、本家以上に本家らしい月読がたまらなくかわいいです。そっか、月読ってこんなにかわいいんだ(真顔)

本当に素敵な小説をありがとうございました!! 常磐さん、愛してる!

 

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